― 利用者を支える人、施設に家族を託す人。そして、いつか介護されるかもしれない私たちへ。

「危ないので、車いすにしましょう」

「むせると危険なので、食事を細かくしましょう」

「転倒したら大変ですから、職員を呼んでください」

どれも、ご利用者様を事故から守るための言葉です。

介護施設にとって「安全」は何より重要です。

しかし、その安全を守ろうとするあまり、その人がまだできることまで、私たちが奪ってしまってはいないでしょうか。

自宅では自分で歩いていた。
時間はかかっても、自分で服を着ていた。
自分で食べるものを選び、自分のペースで食べていた。

ところが施設に入った途端、

「危ないから」
「時間がないから」
「こちらでやりますから」

と、一つずつ自分でする機会が減っていく。

事故は防げるかもしれません。

しかし、「自分でやってみよう」という気持ちまで失ってしまったら、それは本当にその人にとって一番良い介護なのでしょうか。

今回取り上げるNAI「動画でOJT介護」の座学編「介護の専門性」は、そんな問いから介護を考える内容です。

「ご利用者様にとって、何が一番なのだろうか?」

当たり前に聞こえる言葉ですが、介護の現実を考えるほど、その答えは簡単ではありません。


「やってあげること」が介護とは限らない

動画では、脳梗塞による左麻痺で、それまでできていた着替えが難しくなった岩下さん(仮名)の事例を紹介しています。

職員に助けを求めても、忙しさから対応が後回しになる。それが続くうちに、本人も頼むことをためらい、「自分でやってみよう」という気力まで失っていきます。

ここで必要なのは、すべてを職員が代わりに行うことでも、忙しい中ですぐ対応することでもありません。

「○時ごろなら一緒にできますよ」

そう伝え、本人ができるところは自分で行っていただき、難しい部分だけを支える。

できないことを代わりにするだけではなく、まだできることを見つけ、それを失わせない。

そこにも介護の専門性があります。


「食べない」の奥に何があるのか

もう一つ、認知症の症状がある西川さん(仮名)の事例があります。

最近、食事を摂らなくなってきた。

「認知症が進んだから」「食欲がないから」と考えてしまいそうですが、丁寧に状況を見ていくと、原因は別のところにありました。

同じ施設で生活する人との人間関係によるストレスが、食事にまで影響していたのです。

つまり、「食べない」という結果だけを見ていては、本当の問題にたどり着けなかったということです。

介護を受けるようになっても、人には好き嫌いがあり、相性があり、長い人生の中で形成された価値観があります。

だから介護には、

「なぜだろう?」

と、その人の背景まで考える力が必要になります。


同じ「高齢者」という人はいない

同じ年齢、同じ性別、同じ要介護度であっても、同じ人ではありません。

一人で静かに過ごすことが好きだった人。
いつも人に囲まれていた人。
仕事一筋だった人。
家族を支えてきた人。
趣味を何より大切にしてきた人。

それぞれ違う人生を生きてきました。

介護を必要とするようになった瞬間、それまでの人生や価値観がなくなるわけではありません。

目の前の「高齢者」を見るのではなく、その人が生きてきた人生を見る。

利用者主体の介護とは、そこから始まるのではないでしょうか。


しかし、現場には「理想」だけでは解決できない現実があります

ここまで読むと、現場で働く方から、

「そんなことは分かっている。でも現実はそんなに簡単ではない」

という声が聞こえてきそうです。

その通りだと思います。

介護施設はホテルでも、完全な個別サービスでもありません。

一人の職員が、一人のご利用者様だけを見ているわけではありません。

食事、排泄、入浴、移乗、服薬、記録、見守り、ナースコール、申し送り。

そこへ予期しない出来事も加わります。

認知症の方から暴言を受けることもあれば、叩かれることもある。

それでも、

「認知症だから仕方がない」

という一言で、職員側だけに我慢が求められてしまうこともあります。

家族から、

「うちの親だけは、こうしてください」

「なぜもっと見てくれないのですか」

と言われることもあるでしょう。

家族の気持ちも分かります。

大切な親だからこそ、できる限り良い介護を受けてほしい。

しかし同時に、忘れてはいけないことがあります。

介護する側も人間です。

体力にも、時間にも、精神力にも限界があります。


「良い施設」は、人がつくっている

新しく立派な建物や最新の設備も、施設を選ぶうえでは大切でしょう。

しかし、実際に介護をするのは「人」です。

「今日は少し元気がない」

「昨日より歩き方がおかしい」

「いつもより食事が進んでいない」

そんな小さな変化に気づくのも人です。

そして、その情報を次の職員へ伝えるのも人です。

だからこそ、人が疲弊し、次々に辞めていけば、それまで施設に蓄積されてきた経験や知識まで失われていきます。

仕事を断れない人。

責任感の強い人。

困っている人を放っておけない人。

そうした職員ばかりに仕事が集中し、まじめな人ほど疲弊する職場になれば、質の高い介護を長く続けることは難しくなります。

ご利用者様を大切にすることと、介護職員を大切にすることは、対立するものではありません。

職員を守ることも、長い目で見ればご利用者様を守ることにつながります。


家族を預ける側にも、考えてほしいこと

家族を施設にお願いする側も、

「お金を払っているのだから、やってもらって当然」

という関係だけで介護を考えないことが大切なのではないでしょうか。

もちろん、施設には適切なサービスを提供する責任があります。問題があれば、家族が意見を伝えることも必要です。

しかし、

「いつもありがとうございます」

「大変ではありませんか」

そんな一言が、現場で働く人を支えることもあります。

施設側も、家族からの要望を単なる「クレーム」として片づけるのではなく、その言葉の奥にある不安を考える。

家族側も職員を単なる「サービス提供者」としてではなく、自分の大切な家族の生活を一緒に支える人として考える。

施設と家族は、本来、対立する存在ではありません。

同じ一人の人の生活を支えるチームであるはずです。


一人の「良い職員」だけでは、良い介護はできない

介護は24時間続きます。

だからこそ「チームケア」が重要になります。

例えば、ある職員が、

「今日は食事量が少なかった」

「いつもより歩き方がおかしかった」

「少しぼんやりしていた」

と気づいたとします。

一つひとつは小さな変化です。

しかし、それが次の勤務者へ伝わらなければ、病気のサインを見逃すことにもなりかねません。

観察する。考える。記録する。伝える。そして、多職種で共有する。

介護の専門性とは、一人で上手に介助できることだけではなく、根拠を持ってチームでその人を支えられることでもあります。


「動画でOJT介護」が伝えたい「介護の専門性」

NAIの「動画でOJT介護」座学編「介護の専門性」では、

重度化防止・遅延化の視点、利用者主体の支援姿勢、自立した生活を支えるための援助、根拠のある介護、チームケアの重要性

という5つの視点を、アニメーションや具体的な事例を交えて学びます。

どれも経験豊富な介護職員にとっては、「介護の基本」と感じる内容かもしれません。

しかし「利用者主体とは何ですか?」

という問いに答えられることと、

忙しい時間帯に「服を着たい」と言われたとき、その人の自立を奪わず、ほかのご利用者様への介護も止めない方法を考えられることは同じではありません。

知識を覚えるだけではなく「こんなとき、自分ならどうするだろう?」

と考えられること。

そこまでつなげて初めて、教育が現場で生きてくるのではないでしょうか。


そして、いつか私たち自身が「介護される側」になるかもしれません

介護について語るとき、

「施設」「職員」「利用者」「家族」と、それぞれを別の立場として考えがちです。

しかし、その立場はずっと同じではありません。

今、親を施設にお願いしている人も、今は介護とは無縁だと思っている人も、いつか自分自身が介護を必要とする可能性があります。

そのとき、「危ないから何もしないでください」と言われる生活と、

「できるところまで、一緒にやってみましょう」と言ってもらえる生活。

私たちは、どちらを望むでしょうか。

そして、自分の家族を支えてくれる職員が疲れ切っている施設と、職員自身も大切にされながら働ける施設。

どちらに大切な家族をお願いしたいでしょうか。

介護の未来をつくるのは、施設や介護職員だけではありません。

家族も、地域も、そして将来利用するかもしれない私たちも、その一員です。

「ご利用者様にとって、何が一番なのだろうか?」

そして同時に、「その介護を支える人たちにとって、何が必要なのだろうか?」

この二つを一緒に考える。

そして、その答えを自分で考えられる介護職員を育てる。

それが、私たちが「動画でOJT介護」を通して伝えていきたい、介護の専門性です。