― ご利用者様の状況に応じた、介護のコミュニケーションを考える
「○○さん、お食事の時間ですよ」
いつものように声をかけたのに、返事がない。
もう一度、少し大きな声で呼んでみる。それでも反応がない。
「聞こえていないのかな」と、さらに大きな声で話しかける――。
でも、本当に必要なのは「もっと大きな声」なのでしょうか。
介護の現場には、視力や聴力に障害のある方、失語症のある方、認知症のある方など、さまざまな状況のご利用者様がいます。
同じ言葉を同じように伝えても、受け取り方は一人ひとり違います。
介護職員が「説明した」と思っていても、ご利用者様には十分に伝わっていないこともあります。
コミュニケーションで大切なのは、"「何を言ったか」だけではなく、「相手にどう伝わったか」"ではないでしょうか。
NAI「動画でOJT介護」座学編の「ご利用者様の状況に応じたコミュニケーション技術」では、視力、聴力、失語症、認知症という4つの状況を例に、それぞれに応じたコミュニケーションについて紹介しています。
見えないからこそ、「言葉」で見えるようにする
視力に障害のある方は、相手の表情が確認できない、話すタイミングが分からないなどの理由から、他者とのコミュニケーションに消極的になることがあります。
誰かが近づいてきて、突然体に触れ、
「立ちましょうか」
と言われたらどうでしょう。
相手の姿が見えなければ、「誰だろう」「何をするのだろう」と不安になるのは自然なことです。
だからこそ、まず自分の名前を伝え、相手の反応を待ってから会話や介助を始めます。
介助の前には、どのような支援を希望しているのかを確認することも大切です。
そして、周囲の状況を言葉にして伝えることもコミュニケーションの一つです。
「今日は暖かいですね」
「外の桜が咲き始めていますよ」
特に、もともと視力があり、途中から見えにくくなった方には視覚による記憶があります。
言葉から周囲をイメージできることは、安心感や生活の潤いにもつながります。
また、支援が必要そうに見えても、ご本人ができることなら見守る。
「見えない=何でも介助する」ではないことも忘れてはいけません。
「聞こえにくい」から、大声で話せばよいとは限らない
聴力に障害のある方には、つい大きな声で話しかけたくなります。
しかし、難聴の方の聞こえ方は一人ひとり異なります。補聴器を使用している場合など、大きな声では音が響き、かえって言葉が分かりにくくなることもあります。
まず正面から簡単な合図をして、自分に話しかけられていることを分かってもらう。
顔を向き合わせ、表情や口元が見えるようにし、ゆっくり、はっきり話す。
大切な予定はメモにする。テレビなどの雑音を減らす。複数の人が同時に話さない。
伝わりにくければ、同じ言葉を繰り返すだけではなく、別の言葉、文字、ジェスチャーなどを使ってみる。
つまり、
「聞いてもらう」のではなく、「伝わる方法をこちらが探す」
ということです。
聞こえにくい状態が続けば、「自分だけ話についていけない」「何を話しているのだろう」と孤立感を深めることもあります。
コミュニケーションは、安心して生活するための支援でもあります。
「話せない」と「伝えたいことがない」は違う
失語症は、脳梗塞や事故などによって大脳の言語をつかさどる部分が損傷し、「聴く」「話す」「読む」「書く」といった言語の働きに困難が生じる障害です。
症状は一人ひとり異なります。
ここで大切なのは、言葉がうまく出てこないからといって、伝えたいことがないわけではないということです。
伝えたいのに伝えられない状態が続けば、人と関わることを諦め、
生活への意欲まで低下してしまうことがあります。
動画では、写真や図を指し示すことのできる「コミュニケーションノート」なども紹介しています。
言葉だけではなく、表情、視線、身振り、写真、絵、文字などを活用する。
「話せるようにする」だけではなく、「伝えられる方法を一緒に探す」ことも支援です。
一人ひとりに合った環境を整えることが、生活への意欲や
コミュニケーションの活性化にもつながります。
認知症の方には、「いつもの生活」から伝える
認知症のある方とのコミュニケーションでは、日常生活そのものを活用することも大切です。
動画では「24時間RO(リアリティ・オリエンテーション)」を紹介しています。
日常の行動や会話の中で、日時、場所、季節、人物などの情報を繰り返し伝え、
見当識を支えていく方法です。
また、ご利用者様が好きなことはできるだけ続け、他の人との交流につなげます。
一方で、
「身体にいいから」
「みんな参加しているから」
と、本人が好まないことを無理強いすることは避けなければなりません。
そして、言葉だけで判断しないことも重要です。
昨日まで楽しそうだったのに、今日は表情が硬い。
いつもより声が小さい。
落ち着かない様子がある。
表情、仕草、声、普段との違いも、ご利用者様から発せられている大切なメッセージです。
「できないこと」より、「どうすればできるか」を考える
視力に障害がある。
聴力に障害がある。
失語症がある。
認知症がある。
必要なコミュニケーション方法はそれぞれ異なります。
しかし、その根底にあるものは同じです。
障害があっても、対人援助の基本姿勢は変わりません。
「見えないから、こちらでやってあげよう」
「聞こえないから、大声で話そう」
「話せないから、こちらで決めよう」
「認知症だから、説明しても分からないだろう」
そう決めつけることで、ご利用者様が持っている力や、自分の意思を伝える機会まで奪ってしまう可能性があります。
大切なのは、「この人には、どの方法なら伝わるだろう」
と考えることです。
そして、その方法を介護職員一人だけの経験にしないことも重要です。
「この方には、この話し方が伝わりやすかった」
「この方法なら意思を示してくれた」
「今日はいつもと反応が違った」
そうした小さな気づきを職員間、多職種間で共有することが、その人に合った支援につながります。
「伝えた」ではなく、「伝わったか」
NAIの「動画でOJT介護」座学編では、「ご利用者様の状況に応じたコミュニケーション技術」として、こうした具体的な対応を紹介しています。
しかし、大切なのは方法を丸暗記することではありません。
同じ難聴でも、聞こえ方は違います。
同じ失語症でも、症状は違います。
認知症の方も、その日の体調や気持ちによって反応が変わります。
だからこそ、目の前のご利用者様を見ながら、
「私は伝えた」ではなく、「この人に伝わっただろうか」と考える。
そして、
「この人は伝えられない」ではなく、「どうすれば、この人が伝えられるだろう」と考える。
介護におけるコミュニケーションとは、介護職員が上手に話すためだけの技術ではありません。
ご利用者様が自分の気持ちや意思を伝え、その人らしく生活していくための、大切な介護技術なのではないでしょうか。




