―何気ない一口に潜む誤嚥のリスク。食事介助だからこそ、基礎から学ぶ意味を考えます。
食事介助は、入浴介助や排泄介助と比べれば、「苦手」と感じる介護職員は少ないかもしれません。
しかし、こんな声を聞くことがあります。
「自分の唾液を飲み込むだけでもむせてしまう方の食事介助は怖い」
「姿勢を直してもらおうと声をかけても、認知症の方にはなかなか伝わらない」
「一口食べていただくたびに、きちんと飲み込めたか確認する。命に関わると思うと緊張する」
その怖さは、決して大げさなものではありません。
私たちにとって毎日当たり前に行っている「食べる」という行為が、高齢者にとっては命に関わる危険を伴うことがあるからです。
「食べる」という日常に潜んでいる、大きなリスク
厚生労働省が行った食品による窒息事故の調査では、事故は特に65歳以上の高齢者で顕著でした。
消防本部を対象とした調査では724例の事故のうち65例が死亡。救命救急センターを対象とした調査では、重症例が集まりやすいという事情はあるものの、603例中378例が死亡していました。
消費者庁も、高齢者の「不慮の事故」の中で、「誤嚥等の不慮の窒息」による死亡者数が最も多いと注意を促しています。
しかも、危険なのは餅のような「いかにも喉に詰まりそうな食品」だけではありません。
厚生労働省の調査では、餅だけでなく、ご飯やパンなど、私たちが日常的に口にしている食品でも窒息事故が発生しています。
高齢になると、噛む力が弱くなる。
唾液が減る。
飲み込む力が低下する。
認知機能が低下することもある。
厚生労働省の別の研究でも、高齢者の窒息では「認知機能の低下」などがリスク因子として挙げられ、施設職員に適切な対処方法を徹底する必要性が指摘されています。
だからこそ、介護現場での「食事介助」は、単に食べ物を口まで運ぶ仕事ではありません。
「ちゃんと座ってください」が伝わらないこともある
例えば、食事の姿勢。
椅子とテーブルの距離を調整し、足を床につけ、身体を安定させる。
介護を経験している人なら、
「そんなことは基本でしょう」
と思うかもしれません。
しかし、現場ではその「基本」が簡単ではありません。
認知症の利用者様に、
「もう少し椅子を前にしましょう」
「身体を起こしましょう」
と声をかけても、その意味を理解していただけないことがあります。
姿勢を直そうとして身体に触れると、嫌がられることもあります。
食べること自体を拒否されることもあります。
それでも介護職員は、その方の安全を守りながら食事を支えなければなりません。
だから必要なのは、
「正しい姿勢にしましょう」と覚えることだけではなく、なぜその姿勢が必要なのかを理解することなのだと思います。
「常識だから」で済ませてよいでしょうか
私たちの「動画でOJT介護」の食事編では、
「食事介助の考慮事項」
「高齢者の食事の特徴」
「食事の際の正しい姿勢」
「食事の介助」
「嚥下準備体操」
と、テーマを分けて説明しています。
その内容を見ると、経験豊富な介護職員の方なら、
「そこまで説明するの?」
「それくらいは常識では?」
と思われる部分もあるかもしれません。
例えば、食事の前に排泄を済ませる。
テレビを消して食事に集中できる環境をつくる。
手を清潔にする。
口腔内を清潔にする。
献立を説明する。
正しい姿勢を整える。
一見すれば、本当に当たり前のことばかりです。
しかし、その一つひとつに理由があります。
歯磨きも、単なる「身だしなみ」ではない
例えば、食事前の口腔ケア。
単に「口の中をきれいにしてから食べましょう」という話ではありません。
嚥下障害のある高齢者の場合、口腔内に汚れや細菌が多い状態で誤嚥すると、それらが気道に入り、誤嚥性肺炎につながる危険があります。
だから、口腔内を清潔にする。
食事前に水分を摂ることにも、口の中を潤す意味があります。
汁物から始めることにも意味があります。
一口の量にも意味があります。
次の一口を口元に運ぶまで「待つ」ことにも意味があります。
そして、介護職員が利用者様の隣に座り、同じくらいの目線から介助することにも意味があります。
介護には、「なんとなくそうする」のではなく、「なぜそうするのか」があります。
「むせていないから大丈夫」とは限らない
さらに難しいのが、誤嚥のサインです。
むせるという行為は、気道に入りかけた異物を身体が外へ出そうとする反応です。
ところが、高齢者の中には誤嚥してもはっきりむせない方がいます。
だから、
「むせていないから大丈夫」
とは限りません。
食欲がない。
いつもより元気がない。
ぼんやりしている。
食後の様子が普段と違う。
こうした小さな変化にも目を向ける必要があります。
介護職員に求められているのは、「食べさせる技術」だけではないのです。
食べる前、食べている最中、そして食べた後まで観察すること。
それも食事介助の一部です。
「早く食べてもらわなければ」が危険につながることも
介護現場は忙しい。
一人の職員が、複数の利用者様に対応しなければならないこともあります。
そうなると無意識のうちに、
「次の一口」
「はい、次」
と、食事を進めてしまうことがあるかもしれません。
しかし、飲み込む速さは一人ひとり違います。
また、立ったまま食事の介助をすると、ご利用者側のあごが上がり、食べ物が気道に
入る恐れもあります。
さらに、口の中にまだ食べ物が残っている状態で次の一口を運べば、当然危険は高まります。
だからこそ動画では、
一口の量を見る。
口元へスプーンをまっすぐ運ぶ。
きちんと飲み込めたことを確認する。
次から次へとスプーンを口元に運ばない。
ゆっくり待つ。
といった基本的な動作まで具体的に示しています。
文章で「安全に食事介助をしてください」と読むのと、実際の姿勢、手の動き、利用者様との距離、声かけを映像で見ることには大きな違いがあります。
「当たり前」は、人によって違う
これは、外国人介護職員への教育を考えると、さらに重要になります。
食文化も違う。
食器も違う。
食事のマナーも違う。
高齢者への接し方についての感覚も違う。
日本人介護職員が「言わなくても分かるでしょう」と考えていることが、違う文化で育った人にとって同じ「常識」であるとは限りません。
だから、
「こうしてください」
だけでは足りない。
「なぜ、この姿勢なのか」
「なぜ、一口ずつ待つのか」
「なぜ、むせていなくても観察するのか」
そこまで理解してもらうことが、本当の意味での教育につながるのだと思います。
これは外国人職員だけの話でもありません。
初めて介護の仕事に就いた日本人職員にとっても同じです。
事故が起きてから、叱るだけでは遅い
誤嚥事故によって利用者様が死傷した場合、その状況によっては施設側の安全配慮義務や注意義務が問題となり、損害賠償をめぐる争いになる可能性もあります。
しかし、私たちが最も考えなければならないのは、裁判や賠償を避けることだけではないはずです。
事故が起きれば、何より利用者様とご家族が苦しみます。
そして、介助に関わった職員も、
「あの時、もっとよく見ていれば」
「なぜ急いでしまったのだろう」
と、その出来事を長く背負うことになるかもしれません。
だからこそ、事故が起きた後に、
「なぜできなかったの?」
と叱るだけではなく、
事故が起きる前に「なぜそうする必要があるのか」を学べる教育が必要です。
食事は「危険な業務」だけではありません
ここまで誤嚥や窒息について書いてきましたが、最後に忘れてはいけないことがあります。
食事は、危険だから行う介助ではありません。
食べることは、生きるために必要なことであると同時に、人にとって大きな楽しみです。
「今日のお味噌汁、おいしいですね」
「これはお好きでしたね」
そんな会話をしながら食べる。
好きなものの味を感じる。
季節を感じる。
誰かと同じ食卓を囲む。
年齢を重ね、できないことが増えても、最後まで「食べることを楽しみたい」という思いは大切にされるべきものだと思います。
だから食事介助には、
安全に食べてもらうことと、食べる喜びを守ること。
その両方が必要なのです。
「食べる」を支えるために、基礎から学ぶ
「動画でOJT介護」の食事編は、特別に高度な技術だけを教える教材ではありません。
むしろ、食事前の準備から、姿勢、一口の量、声かけ、嚥下の確認、食後の観察まで、基本を丁寧に扱っています。
でも、その基本こそが事故を防ぎます。
そして、その基本を理解することが、利用者様の「食べる楽しみ」を守ることにもつながります。
経験のある職員には当たり前に見えることでも、初めて介護をする人には当たり前ではありません。
日本では当たり前でも、外国人職員にとって同じ常識とは限りません。
だから私たちは、
「こうする」だけではなく、「なぜ、そうするのか」まで伝えたい。
映像と声かけを通して、実際の介助をイメージしながら学んでほしい。
そして、動画で学んだ基礎を、実際の現場で一人ひとりの利用者様に合わせた介護へとつなげてほしい。
そう考えています。
「食べる」を支えることは、「命」を支えること。
そして同時に、
「食べる楽しみ」を最後まで支えること。
その両方を守るための食事介助を、私たちはこれからも「動画でOJT介護」を通して伝えていきたいと思います。
参考資料
消費者庁 「嚥下による死亡率」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/child/project_001/mail/20231227/
厚生労働省:食品による窒息事故に関する研究結果等について(その3)
「食品による窒息の要因分析」調査について1.



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