― 誤嚥・誤嚥性肺炎から「食べる」を守る介護
食事は、毎日の介護の中で繰り返される、ごく日常的な場面です。
「今日は何を食べよう」
「これはおいしいね」
食べることは、生命を維持するための栄養摂取だけではありません。好きなものを味わい、
季節を感じ、誰かと食卓を囲む。高齢になっても「食べる楽しみ」は、
その人らしく生きるうえで大切なものです。
しかし、その日常には高齢者にとって大きな危険も潜んでいます。
それが「誤嚥」です。
誤嚥とは、何が起こっているのでしょうか
私たちが口にした食べ物や飲み物は、通常、喉を通って食道へ送られます。
そのすぐ隣には、空気が肺へ向かう気管があります。
食べ物や飲み物、唾液などが、本来入るべき食道ではなく、誤って気管に入ってしまうことを
「誤嚥」といいます。
健康な人であれば、異物が気管に入りそうになると、むせたり咳をしたりして
外へ出そうとします。しかし高齢になると、嚥下機能や咳反射などが
低下することがあります。
ここで注意したいのが、「むせていないから大丈夫」とは限らない
ということです。
誤嚥しても、はっきりとむせない場合があります。また、食事中だけではなく、
睡眠中に唾液などを誤嚥することもあります。
食べ物や唾液などとともに細菌が肺へ入り、肺炎を起こすのが「誤嚥性肺炎」です。
厚生労働省の2024年人口動態統計では、誤嚥性肺炎による死亡者数は37,905人で、
日本の死因順位でも6位となっています。その死亡は高齢層に著しく集中しています。
誤嚥・誤嚥性肺炎は、高齢者介護に携わる人にとって、
日々の介護に直結する重要な知識なのです。
誤嚥は「食事中にむせる」だけでは見つけられない
誤嚥というと、「食事中に激しくむせる」「突然咳き込む」といった場面を
想像するかもしれません。
しかし高齢者の場合、それほど分かりやすく現れないこともあります。
いつもより元気がない。食欲が落ちた。食事中に口の中へ食べ物が残る。
水分を飲むとむせる。食後に声が変わる。こうした小さな変化にも注意が必要です。
介護職員に求められるのは、食事を「食べてもらう」ことだけではありません。
普段の状態を知り、その日の違いに気づくこと。
異変を感じた場合には自己判断だけで済ませず、看護職や医師、歯科医師、
言語聴覚士などの専門職につなぐことが大切です。
食事の姿勢は、誤嚥予防の第一歩
以前の「食事介助」のブログでも、食事の際の姿勢について取り上げました。
椅子に深く腰掛け、足裏が床や足台につくようにして身体を安定させ、
食べやすく飲み込みやすい姿勢を整える。
食事介助というと、「スプーンをどう口へ運ぶか」に目が向きがちですが、
その前に大切なのが食べるための環境と姿勢を整えることです。
ただし、麻痺や円背がある方、座位を保つことが難しい方など、
身体状態は一人ひとり異なります。
「この方が安全に食べるためには、どのような姿勢がよいのか」
という視点を持つことが重要です。
「何を食べるか」だけでなく「どう食べられるか」
食べ物の形態も重要です。
嚥下機能が低下した方には、その方の状態に応じて食べ物の大きさや硬さを調整したり、
必要に応じて飲み物に適切なとろみをつけたりする場合があります。
一方で、「高齢者だから、とろみをつければ安全」というわけではありません。
食べにくさや飲み込みにくさは一人ひとり異なります。必要に応じて専門職による評価を受け、
その方に適した食形態を考えることが大切です。
安全に食べることと、食べる楽しみを失わせないこと。
その両方を考える必要があります。
口腔ケアも、誤嚥性肺炎の予防につながっている
誤嚥性肺炎を考えるとき、忘れてはいけないのが口腔ケアです。
誤嚥するのは食事だけではありません。口腔内の細菌を含んだ唾液などを誤嚥し、
それが肺へ入り込むこともあります。
そのため、口腔内を清潔に保つことは、誤嚥性肺炎のリスクを減らすための
重要な取り組みの一つです。
NAIの「動画でOJT介護」でも、全介助、一部介助、経口摂取が難しい方、
総義歯、部分床義歯など、状態に応じた口腔ケアを取り上げています。
ここで重要なのは、「歯をきれいにする作業」として覚えるだけではなく、
なぜ口腔ケアをするのかを理解することです。
口腔ケアが食事につながり、食事が栄養につながり、その先の健康や生活に
つながっています。
食べる前に「嚥下体操」という準備を
今回、「動画でOJT介護」では、誤嚥・誤嚥性肺炎とあわせて
「嚥下準備体操」も取り上げています。
食事には、唇、舌、頬、顎、首、喉など多くの部位が関わっています。
そこで食事の前に、呼吸を整えたり、首や肩、舌や口を動かしたりして、
食べるための準備をします。
動画では、深呼吸、首・肩の運動、舌の運動、口の運動、
「パ・ラ・カ」と発音する運動などを紹介しています。
ただし、嚥下体操も全員が同じように行うものではありません。身体状態に合わせ、
必要に応じて専門職の指導を受けながら行うことが重要です。
嚥下体操だけで誤嚥を完全に防げるわけではなく、姿勢、食形態、口腔ケア、
日々の観察などと組み合わせて考える必要があります。
「食べられなくなる」ということ
嚥下機能が低下し、安全な経口摂取が難しくなれば、食事方法について
医療・介護の専門職やご本人、ご家族で検討しなければならない場合があります。
経管栄養など別の栄養摂取方法が検討されることもあります。
しかし、ここで考えたいのは「栄養をどう摂るか」だけではありません。
昨日まで口から食べていたものが食べられなくなる。好きだった料理を味わえなくなる。
食べることは栄養補給であると同時に、楽しみであり、人との交流であり、
その人の人生の一部でもあります。
だからこそ、「できる限り安全に、口から食べることを支える」
という視点は、その人の尊厳を守る介護にもつながっています。
誤嚥事故は、施設全体で考える問題
誤嚥は、介護職員個人だけに任せる問題ではありません。
介護施設での食事介助や誤嚥時の対応について、
施設側の注意義務が裁判で争われた事例もあります。
しかし、「事故を起こしたら責任を問われるから注意する」というだけでは
十分ではありません。
ご利用者様の嚥下状態、食事形態、適切な姿勢、最近のむせや食事量の変化、
異変が起きた際の対応方法などを、施設全体で共有しておくことが重要です。
さらに、ご家族とのコミュニケーションも欠かせません。
嚥下機能が低下したとき、「安全」と「本人の食べたい気持ち」をどう考えるのか。
ご本人、ご家族、介護職、看護職、医師、歯科医師、言語聴覚士、管理栄養士などが、
それぞれの立場から考えていく必要があります。
「食べる」を守る介護へ
誤嚥を完全になくすことは簡単ではありません。
しかし、できることはあります。
食事前に体調を確認する。姿勢を整える。その方に合った食形態を考える。
食べている様子を観察する。口腔内を清潔に保つ。必要に応じて嚥下体操を取り入れる。
そして、小さな変化を職員同士で共有する。
NAIの「動画でOJT介護」で誤嚥・誤嚥性肺炎や嚥下準備体操を取り上げているのも、
単に知識や手順を覚えるためではありません。
なぜ、この姿勢なのか。
なぜ、口腔ケアが必要なのか。
なぜ、食事前に口や首を動かすのか。
その理由まで理解することで、一つひとつの介護がつながっていきます。
食べることは、生きること。そして、楽しむこと。
事故を防ぐだけではなく、その人ができる限り長く、
安全に「食べる楽しみ」を持ち続けられるよう支えること。
誤嚥・誤嚥性肺炎を学ぶ意味は、そこにあるのではないでしょうか。




