―「個人として尊重される」ということを、介護する側・される側の両方から考える

介護の仕事では、「ご利用者様の尊厳を守る」という言葉をよく耳にします。

虐待をしない。身体拘束をしない。本人の意思を尊重する。プライバシーを守る。

どれも介護に携わるうえで、とても大切なことです。

では、その介護を担っている職員の人権や尊厳については、どうでしょうか。

ご利用者様から叩かれた。暴言を浴びせられた。身体を触られた。

ご家族から理不尽な要求を繰り返された。

それでも、

「介護の仕事だから仕方がない」
「認知症だから我慢しなければ」
「ご利用者様の方が弱い立場だから」

と、介護職員だけが我慢することになってはいないでしょうか。

今回は、「人権と尊厳の保持」という視点から、ご利用者様と介護職員、双方の人権について考えてみたいと思います。

介護が必要になっても、一人の「個人」です

日本国憲法第13条には、「すべて国民は、個人として尊重される」とあります。

これは、介護が必要になっても変わりません。

例えば、明日から突然、一人でトイレに行けなくなったら。食事も入浴も着替えも、

誰かの助けがなければできなくなったら。

「迷惑をかけたくない」
「恥ずかしい」
「自分でできないことが悔しい」

そんな気持ちになるかもしれません。

介護を受ける方にも、それまで歩んできた人生があり、価値観があり、プライドがあります。

「できない人」ではなく、支援を必要としている一人の人として接する。

その視点が、尊厳を守る介護の出発点ではないでしょうか。

「誰も見ていないから」が、権利侵害につながる

排泄介助、入浴介助、更衣介助、居室での介助。

介護の多くは、外から見えにくい場所で行われます。

さらに、ご利用者様の中には、自分の意思を十分に伝えたり、

自ら情報を集めて判断したりすることが難しい方もいます。

だからこそ重要になるのが、アドボカシー(権利擁護)という考え方です。

介護職員は、自らがご利用者様の権利を侵害しないことはもちろん、

第三者による権利侵害にも気づきやすい立場にあります。

例えば、ある職員がご利用者様との口論をきっかけに、

その方のおむつ交換を意図的に減らしていたらどうでしょう。

それに気づいても、

「先輩だから言いにくい」
「人間関係を悪くしたくない」
「面倒なことに関わりたくない」

と見て見ぬふりをすれば、権利侵害が続いてしまう可能性があります。

介護職員には、身体的虐待、心理的虐待、経済的虐待、性的虐待、介護・世話の放棄・放任といった行為がないか、

自らのケアを振り返ることが求められます。

そして周囲の「何かおかしい」に気づき、組織につなげることも、ご利用者様の権利を守る大切な行動です。

では、介護職員の人権はどうでしょうか

ここで忘れてはいけないのが、介護職員もまた、一人の人間であるということです。

介護現場では、ご利用者様やご家族から職員への身体的暴力、精神的暴力、

セクシュアルハラスメントなどが起こることがあります。

例えば、叩く、蹴る、物を投げる。

大声で怒鳴る、人格を否定する、理不尽な要求を繰り返す。

必要なく身体に触れる、性的な発言をする。

こうした行為を、

「介護職員だから我慢して当然」

としてしまってよいのでしょうか。

厚生労働省の「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」でも、職員個人だけの問題にするのではなく、

事業者として相談体制を整え、情報を共有し、組織的に対応していくことの重要性が示されています。

「認知症だから仕方がない」でもありません

ただし、この問題は単純ではありません。

ご利用者様からの暴言や暴力の背景には、認知症や病気、身体的な不調、不安、恐怖、環境の変化などが

影響している場合があります。

そのため、すべての言動を単純に「ハラスメント」として捉えるのではなく、

「なぜ、この行動が起きているのか」

を考えることも介護には必要です。

痛みや不快感はないか。

介助方法や環境に原因はないか。

職員との組み合わせを変えられないか。

複数の職員で対応できないか。

ご利用者様の状態や背景を理解することと、介護職員が何をされても我慢することは同じではありません。

ご利用者様の尊厳を守りながら、職員の安全も守る。

その方法を、職員一人ではなく組織として考えることが大切です。

職員を守ることは、ご利用者様を守ることにもつながります

暴言や暴力を受けても相談できない。

ご家族から無理な要求をされても断れない。

セクシュアルハラスメントを受けても「仕事だから」と我慢する。

こうした状態が続けば、職員は心身ともに疲弊していきます。

厚生労働省も、ハラスメントを放置することは職員への影響だけでなく、

サービスの質の低下や人材流出につながる可能性を指摘しています。

だからこそ、介護職員を守ることは、ご利用者様を軽視することではありません。

安心して働ける環境があるからこそ、職員は落ち着いてご利用者様と向き合うことができます。

困ったときに相談できる。

一人で抱え込まない。

問題が起きたときに「あなたの対応が悪かった」で終わらせず、施設として考える。

そうした職場づくりもまた、ご利用者様の人権と尊厳を守ることにつながっていくのではないでしょうか。

「個人として尊重される」介護現場へ

介護を必要とするようになっても、その人の人権が小さくなるわけではありません。

そして、介護という仕事を選んだからといって、職員の人権が小さくなるわけでもありません。

ご利用者様も、介護職員も、一人の人間です。

NAI「動画でOJT介護」アニメ座学編「人権と尊厳の保持―個人としての尊重―」では、人権とは何かという基本から、介護を必要とする方の尊厳、権利擁護、虐待防止、介護職員としての自覚について学べる内容としています。

ただ、人権について学ぶ目的は、言葉や制度を覚えることだけではありません。

「誰も見ていないからいい」

「介護職だから仕方がない」

そのどちらも当たり前にしないこと。

「この人の人権を、私たちは守れているだろうか」

その「この人」には、ご利用者様だけでなく、介護に携わる職員も含まれています。

介護する側、介護される側のどちらか一方が我慢するのではなく、

お互いが「個人として尊重される」環境をつくっていく。

それが、人権と尊厳を守る介護への第一歩なのではないでしょうか。