― 認知症を正しく知ることから始まる、尊厳を守る介護
「さっき説明したのに、また同じことを聞かれた」
「何度伝えても、理解してもらえない」
介護施設では、認知症のご利用者様への対応に戸惑う場面が少なくありません。
介護職員は認知症について学んでいても、実際の現場では教科書どおりに
対応できるとは限りません。
一方、認知症の方はどう感じているのでしょうか。
自分でも何かがおかしいと感じている。今までできていたことができなくなる。
周囲から何度も注意される。
その不安や悲しみは、介護する側が想像する以上に大きいのかもしれません。
認知症ケアを考えるとき、まず必要なのは、認知症という状態を正しく理解し、
その人自身を理解しようとすることではないでしょうか。
認知症は、決して特別な人だけの問題ではない
厚生労働省が公表した2022年の調査に基づく推計では、65歳以上の認知症高齢者は約443万人。
有病率は12.3%で、およそ8人に1人に相当します。
さらに、認知症と診断されるほどではないものの、認知機能の低下が認められる軽度認知障害(MCI)の方は約559万人、有病率は15.5%と推計されています。
認知症とMCIを合わせると、65歳以上の約28%に相当します。
また、認知症の割合は年齢が高くなるほど上昇する傾向にあります。
高齢者を対象とする介護施設にとって、認知症の方と向き合うことは、
特別な対応ではなく日常の介護そのものといえるでしょう。
ただし、認知症とMCIは同じではありません。MCIは日常生活の自立が
概ね保たれている状態であり、必ず認知症へ進行するわけでもありません。
大切なのは、数字の大きさに不安を感じることではなく、
誰もが認知症になり得るという現実を理解することです。
認知症とは、単なる「もの忘れ」ではない
認知症とは、さまざまな病気などによって脳の認知機能が低下し、
日常生活や社会生活に支障が生じている状態をいいます。
記憶することだけでなく、時間や場所を理解すること、物事を判断すること、
順序立てて行動することなどにも影響が現れます。
例えば、朝食に何を食べたか思い出せないことは、誰にでもあります。
しかし、食事をしたこと自体を思い出せなくなる場合には、
認知症による記憶障害が関係している可能性があります。
もっとも、もの忘れがあるからといって、必ず認知症というわけではありません。
認知症にはさまざまな原因疾患があり、現れる症状や進行の仕方も異なります。
今後のブログでは、原因疾患や具体的な症状について順次取り上げていきますが、
まず理解したいのは、認知症は一人ひとり現れ方が異なるということです。
「私は認知症ではない」という言葉の裏側
認知症について、よくある誤解の一つが「本人には自覚がない」という考え方です。
厚生労働省の「認知症の人と接するときの心がまえ」では、認知症の症状に
最初に気づくのは本人である場合があることが説明されています。
今までできていたことができなくなる。
何かを忘れていると感じる。
自分自身に起こっている変化を理解できず、不安になる。
そのような経験が重なる中で、周囲から「認知症ではないですか」と言われたら、
どのような気持ちになるでしょうか。
「私は認知症ではありません」
強く否定する方もいます。
しかし、それは単なる頑固さではなく、自分の変化を受け入れることへの恐れや、
悲しみから生まれる反応かもしれません。
もちろん、病識の乏しさが関係する場合もあり、すべてを心理的な否認だけで
説明することはできません。
大切なのは、本人を言い負かして認知症だと認めさせることではありません。
困っていることや不安を丁寧に聞き取り、必要な医療や支援につなげることです。
自覚している方にも、別の苦しさがある
一方、自分の認知機能が低下していることを自覚し、悩んでいる方もいます。
「また忘れてしまった」
「周りに迷惑をかけている」
「これから自分はどうなってしまうのだろう」
こうした不安を抱えながら生活しているかもしれません。
介護職員が何気なく発した「さっきも言いましたよ」という言葉が、
ご本人にとっては大きな負担になることもあります。
だからといって、何も説明しない、何でも代わりに行うという対応が正しいわけでもありません。
本人が理解できる方法で伝え、意思を確認し、できることを続けられるように支える。
認知症の方を守ることと、その方の主体性を奪わないことは、同時に考える必要があります。
認知症ケアの基本は「その人」を中心に考えること
NAIの「動画でOJT介護」では、認知症ケアの理念として「パーソン・センタード・ケア」を
取り上げています。
これは、認知症という病気や症状だけを見るのではなく、
その人の価値観、生活歴、感情、希望などを尊重し、本人を中心にケアを考えるという理念です。
例えば、同じ話を何度も繰り返すご利用者様に、
「その話は、さっきも聞きましたよ」
と指摘したらどうでしょうか。
介護職員にとっては事実でも、ご本人にとっては初めて話しているつもりかもしれません。
そこで、
「そうだったのですね」
と受け止め、表情や気持ちを確かめながら話を聞く。
大切なのは、何でも無条件に肯定することではなく、相手の気持ちを否定しないことです。
また、介助の際に「私がやってあげます」と一方的に進めるのではなく、
「どこをお手伝いしましょうか」と尋ねる。
小さな言葉の違いですが、そこには相手を一人の大人として尊重する姿勢が表れます。
「できないこと」より「できること」に目を向ける
認知症が進むと、以前はできていたことが難しくなる場合があります。
しかし、できないことが増えたからといって、すべての能力が失われるわけではありません。
衣服を選ぶことはできる。
食事の準備の一部はできる。
好きな歌を歌うことができる。
誰かに感謝の気持ちを伝えることができる。
こうした「できること」に目を向けるのも、認知症ケアの大切な視点です。
時間がかかるからといって、職員がすべてを代わりに行ってしまえば、
ご本人が持っている力を発揮する機会まで奪ってしまうかもしれません。
一方で、無理に自分で行うことを求めれば、失敗体験を増やす可能性もあります。
できることは尊重し、難しい部分をさりげなく支える。
その積み重ねが、本人の自信や安心感につながっていきます。
介護職員の心にも、目を向けなければならない
ここまで、認知症の方の尊厳や気持ちについて考えてきました。
しかし、もう一つ忘れてはいけないことがあります。
それは、介護する側の職員も、一人の人間であるということです。
何度も同じ質問に答える。
介助を拒否される。
突然、強い言葉を向けられる。
一生懸命に対応しても、思うような結果が得られない。
こうしたことが続けば、介護職員が疲労やストレスを感じるのは不思議ではありません。
「認知症なのだから、優しく対応しなければならない」
その理念は大切です。
しかし、職員個人の忍耐や善意だけに頼り続けることは、
適切な介護体制とはいえないでしょう。
認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)には、
身体の不調、環境、人間関係、心理的な不安など、さまざまな要因が関係します。
そのため、対応が難しい場面こそ、職員同士で情報を共有し、
原因や対応方法を検討する必要があります。
一人で抱え込ませないこと。
困ったときに相談できること。
必要に応じて担当を交代し、休息を取れること。
そして、認知症について学び直す機会があること。
ご利用者様の尊厳を守るためには、介護職員が安心して働ける環境も必要なのです。
知識を、日々の介護につなげるために
認知症について学ぶことと、実際に認知症の方と向き合うことには、違いがあります。
頭では理解していても、忙しい現場で適切な言葉を選び、相手の気持ちを
考えながら対応することは簡単ではありません。
NAIの「動画でOJT介護」では、「認知症の概念」「認知症ケアの理念」を通じて、
認知症の基礎知識と、その方を中心に考えるケアの視点を学べるようにしています。
なぜ、同じ話を繰り返すのか。
なぜ、認知症を否定することがあるのか。
なぜ、できることを残す介護が大切なのか。
こうした理由を理解することは、日々の声かけや介助を見直すきっかけになります。
ただし、動画で知識を得るだけで、すべての問題が解決するわけではありません。
学んだことを職員同士で共有し、実際のご利用者様の反応を見ながら、
よりよい対応を考え続けることが重要です。
認知症になっても、人生がなくなるわけではない
認知症になることで、これまでできていたことが難しくなる場合があります。
しかし、その方が歩んできた人生や、大切にしてきた価値観まで
失われるわけではありません。
家族を支えてきた人。仕事に打ち込んできた人。
趣味を楽しみ、多くの人と関わってきた人。
認知症になったからといって、その人が別の人間になるわけではないのです。
私たちが目を向けるべきなのは、病気や症状だけではありません。
「認知症の人」としてではなく、「認知症とともに生きる、一人の人」として向き合うこと。
そして、その方を支える介護職員も、無理を重ねることなく、安心して働けること。
認知症ケアの第一歩は、その両方を大切にするところから始まるのではないでしょうか。
参考資料
厚生労働省「認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計」— 2022年の有病率と将来推計
厚生労働省「認知症の人と接するときの心がまえ」— 本人の自覚、否認の背景、接し方について



